バンクーバーのダウンタウンを歩いていると、「For Lease」の看板が目につく。新しいビルが完成する一方、昔からあるオフィスや店舗には空室が残っている。2019年末にわずか2.2%だったダウンタウンのオフィス空室率は、2026年も12%前後の高い水準だ。
これだけ空室が増えたのに、なぜ募集賃料は大きく下がらないのだろう。実はオフィスでは、表示上の賃料を維持しつつ、一定期間の家賃を無料にするといった形で実質的に値引きすることがある。一方、通り沿いの店舗では、家賃以外の費用も出店を難しくする。2026年10月までのデータを使って、ダウンタウンで何が起きているのかを見ていく。
オフィス空室率はコロナ前の5倍以上に
2019年末、バンクーバー・ダウンタウンのオフィス空室率は2.2%だった。当時はまとまったオフィスを確保するのが難しいほど需要が強かった。CBREの2026年第1四半期のデータでは12.3%。コロナ前の約5.6倍となった。
下のグラフは、同一調査会社による確認済みの観測時点を結んだもの。2019年から2023年までの毎年の値を示すものではなく、間の期間の変化は読み取れない。
2026年第1四半期のCBREの数字では、バンクーバー・ダウンタウンの12.3%は、トロント・ダウンタウンの14.4%やカナダのダウンタウン平均18.2%より低い。それでも2019年の2.2%と比べると大きな変化だ。企業がオフィスを選びやすくなった一方、貸主にとってはテナント確保が以前より難しくなっている。
2026年秋も回復は足踏み。最新の第3四半期データ
Colliersが2026年10月6日に公表した第3四半期レポートでは、Downtown Coreのオフィス空室率は12.2%で、前四半期から0.3ポイント上昇した。一方、高品質なAAA/Aクラスの空室率は9.1%へ0.1ポイント低下している。全体はほぼ横ばいでも、人気のあるビルとそうでないビルの差が広がっている。
注意したいのは、Colliersの「Downtown Core」とCBREの「Downtown」が完全に同じ調査範囲・分類とは限らないことだ。12.3%から12.2%へ0.1ポイント改善したと断定することはできない。ここではCBREの折れ線をそのまま残し、Colliersの第3四半期の数字は最新状況を説明する別の情報として紹介する。
2026年第3四半期は、大企業が新たに大幅拡張したというより、既存企業の移転・集約が目立った。BOMA BCによると、AmazonはTELUS GardenからThe Postへの移転を完了し、約148,000平方フィートの旧オフィスを市場に戻した。新しいビルが埋まっても、街全体の空室が同じだけ減るとは限らない。
空いているのは、主に古いオフィス
すべてのオフィスが同じように空いているわけではない。BOMA BCが紹介したCBREの2026年第1四半期のMetro Vancouverの数字では、高品質のAAA/Aクラスの空室率は8.4%、B/Cクラスは18%と2倍以上の開きがあった。下のグラフはこのMetro Vancouver全体の比較で、ダウンタウンだけの数字ではない。
さらに2026年第3四半期のColliersでは、Downtown CoreのAAA/Aクラスが9.1%だった一方、Class Bでは約95,000平方フィートの純需要減(Negative Net Absorption)が記録された。新旧の建物に対する需要の差が続いている。ただし、8.4%と9.1%は調査会社も対象地域も異なるため、増減を直接比較するものではない。
ハイブリッド勤務が定着すると、企業は以前ほど広い面積を必要とせず、より新しいビルに移転して設備や立地を改善しやすくなる。BOMA BCの第3四半期の分析では、過去12か月のダウンタウンでの賃貸契約の約75%が5,000平方フィート未満の区画だった。需要は消えていないが、中心は大規模な増床より小さな区画や質の高い物件へ移っている。
空室が増えても、なぜ募集賃料は下がりにくい?
空いているオフィスが増えれば家賃も下がりそうだ。しかし商業不動産市場はそれほど単純ではない。BOMA BCの2026年第2四半期の市場分析では、ダウンタウンのオフィス募集賃料は2020年と比べても大きく変わっていない一方、直近では小幅な下落が始まっていると報告されている。
その一方で貸主が提示する優遇条件は手厚い。一定期間の基本賃料を無料にするFree Rentや、内装工事費の一部を負担するTenant Improvement Allowanceなどだ。募集広告に表示される賃料と実際の負担額が異なることがある。
家賃は$35のまま。でも実質10%値引き
1,000平方フィートのオフィスを年間1平方フィート当たり$35で5年間借りると、通常の基本賃料は年間$35,000、5年間で$175,000になる。しかし最初の6か月分の基本賃料を無料にすれば、支払額は$157,500になる。

基本賃料の実質値引き率は10%。年間1平方フィート当たりの実効基本賃料は$31.50となる。これは制度を説明する仮定であって、バンクーバーの平均的な優遇条件ではない。税金や共益費などのAdditional Rentが別途かかれば、総支払額の値引き率はさらに小さい。
貸主が賃料そのものを下げたがらない理由
理由の一つは商業不動産の評価額にある。収益物件の価値は将来生み出す賃料収入に左右され、長期的な基本賃料の引き下げは評価額や融資条件、ほかのテナントとの交渉にも影響し得る。年間純営業収益(NOI)が$1 million、還元利回り(Cap Rate)が5%なら単純な収益還元による評価額は$20 millionだ。NOIが$900,000に減れば同じ利回りで$18 millionとなる。
実際の鑑定ではフリーレントや内装補助も考慮されるため、優遇条件を付けても経済的なコストは消えない。それでも長期的な基本賃料を下げる代わりに一時的な優遇条件で契約をまとめたいという動機はある。既存テナントが退去すれば次の入居者を探す費用や空室損失が生じるため、リース更新を迎える企業に交渉の余地が生まれる。ただし更新条項や建物の人気によって事情は異なる。
店舗の空室は、オフィスとは別の問題
オフィスの空室は外から見えにくいが、路面店舗には「For Lease」の看板が残る。Downtown Vanの2026年の報告では、2026年1月のダウンタウン地区の店舗空室率は12.7%、Granville Streetは24.9%だった。Granville Streetでは、およそ4店舗に1店舗で営業中の事業者がいない計算だ。
ただし、この空室率は店舗が営業しているかどうかを基準にしている。すでに賃貸契約が決まっていても、まだ開店していない店舗は空室に含まれる。したがって、24.9%すべてが借り手の見つからない物件、という意味ではない。
それでも、Granville Streetの空室率は2025年の29.4%から2026年1月には24.9%へ改善している。ダウンタウン地区全体でも店舗空室率は前年の14.9%から12.7%に下がり、2025年には店舗数が差し引き29件増えた。回復は進んでいるが、地区による差は大きい。
オフィスと違い、路面店舗が埋まるかどうかは賃料だけで決まらない。内装費、人件費、仕入れ価格、消費者の支出、周辺環境、そして固定資産税の負担も経営判断に影響する。
小さなカフェなのに、高層ビルの土地として税金がかかる?
BC州では不動産評価の際、現在の使い方だけでなく土地の「Highest and Best Use(最有効使用)」も考慮される。平屋のカフェが建っていても将来高層ビルを開発できる土地なら、開発可能性が評価額に反映される場合がある。商業リースでは税金や管理費を借り手が負担する契約も多い。コーヒー1杯を売る店の営業コストに、将来建つかもしれない高層ビルの価値が影響することがあるのだ。
市が税負担を軽減する理由
バンクーバー市は、開発可能性によって土地評価が高くなりすぎた一部の事業用不動産を対象に、Development Potential Relief Program(DPRP)を2023年に導入し、2026年も実施した。
2026年は、対象不動産の土地評価額の一部(地区や用途地域により20〜30%、上限$6.5 million)に、市のClass 5/6向け一般目的税率より50%低い税率が適用された。固定資産税全体が半額になる制度ではない。 州のSchool TaxやTransLink、Metro Vancouverなどの税には適用されない。前年10月末時点で営業・使用されていることなどの資格条件もあり、空室の所有者なら誰でも使えるわけではない。
観光客は戻った。それでも売上は戻らない
2025年のダウンタウンのホテル稼働率は平均80.5%で、コロナ前の水準に回復した。一方Downtown Vanによると、2025年の週間売上は小売店で前年比平均1.65%減、レストランで4.4%減だった。観光が回復しても商店や飲食店が同じように回復するとは限らない。
訪問データでは全訪問回数の45.7%をバンクーバー市民が占めたが、実際の訪問者数では市民の割合は30.0%だった。地元住民が繰り返し訪れていることを示す。平日の仕事・用事による利用と週末の娯楽目的では需要も異なる。観光客が増えても、以前の毎日のオフィス勤務者によるランチ需要をそのまま補えない。
家賃が安くなっても店舗が埋まらない理由
店舗には賃料に加えて顧客や従業員が安心して利用できる周辺環境も重要だ。Downtown Vanの2025年のCommunity Safety Teamへの対応要請では、屋外での薬物使用に関する要請が33%増、安否確認は26%増となり、平均50%がGranville Streetに集中した。これは犯罪発生件数ではなく安全対応への需要を示す数字である。賃料だけを下げても営業の見通しが立たなければ、新しいテナントは集まりにくい。
住宅が足りないのに、なぜ空きオフィスを住宅にしない?
カルガリー市ではオフィスの用途転換を進めている。2026年の市の公表情報では21件、計268万平方フィートの転用プロジェクトが支援対象となり、住宅2,667戸、ホテル226室などの計画が含まれる。ただしすべてが完成済みという意味ではない。
一方バンクーバー市は長年ダウンタウンを雇用の拠点として維持する方針を取ってきた。オフィスを住宅に転用すると将来企業が利用できる床面積が減る。さらに住宅には窓・自然光・水回り・避難経路などの設備が必要で、オフィスからの改修費が高すぎれば採算が取れないこともある。
ダウンタウンは、2019年に戻る必要があるのか?
2019年のバンクーバーはほぼ満室で、企業がオフィスを確保しづらい市場だった。2026年は物件の選択肢が増え、借り手が条件を交渉できる場面もある。ただし第3四半期の数字を見ても、需要が一様に戻っているわけではない。新しいビルに企業が移れば、以前使われていたビルに空室が残る。
路面店舗では2026年に改善の兆しが見えても、Granville Streetの空室率はまだ高い。さらに、賃料を下げるだけでは人件費や税負担、周辺環境の問題は解決しない。
オフィスの空室率が下がることと、ダウンタウンが商売を続けやすく、訪れやすい街になることは必ずしも同じではない。 2019年の姿に戻るのではなく、今の働き方や暮らしに合う街へどう変わっていくかが、これからの課題なのだと思う。
